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アンブル ソレール物語

ロレアルグループが開発した世界初の日やけ止めオイル「アンブル ソレール」は、70年もの間ロングセラーを誇る、昔からのスター製品。
その誕生から現在までの歴史をご紹介します。

日やけが大流行した時代

1930年代、ファッションはそれまでの体を覆い隠すものから大きく変化。脚や腕を大胆に見せ、体のラインを強調するものが流行しました。スポーティなファッションが人気で、ショートパンツもこの頃生まれ、肌を小麦色にやく人が急増。白い肌はすっかり影をひそめていきました。しかも当時の日やけ止めオイルには紫外線をカットする成分が入っておらず、肌は日やけすると同時に、大きなダメージを受けていたのです。

世界初の日やけ止めオイル誕生!

1935年。ロレアルグループの創立者で化学者のウージェンヌ・シュエレールは、所有する船「エーデルワイス」号に乗ってフランス内のブレアからディナールまでを旅し、生まれて初めての日やけを楽しんでいました。ところが、肌を傷めないようにオイルをいろいろ買って試してみたものの、満足するものはひとつもありませんでした。シュエレールは早速、効果の高いサンスクリーンの開発をロレアルの研究所に命じました。さまざまな試行錯誤を経たのち、翌年1936年、ついに日やけ止めオイルの第一号となる「アンブル ソレール」が誕生しました。
その頃、シュエレールは、「これから人々のライフスタイルは大きく変わっていくだろう」と考えていました。人々は休暇には海辺に出かけ、太陽に肌をさらすようになる。そんな新しい生活に、アンブル ソレールは欠かせないものになるだろうと直感したのです。

金髪小麦色のモデルが大人気

1948年、アンブル ソレールの広告に小麦色の肌をした金髪のモデル、スージーが登場。彼女のポスターが店頭を飾りました。あまりにも魅力的なスージーはあっという間に有名になり、キャンペーンにはファンが押し寄せるようになります。スージーは肉体の解放を象徴するかのように、肌も露なビキニを着て、大胆におへそを見せた最初のモデルになったのです。
また、1958年には“ミス アンブル ソレール”なる一行が大きなアメリカ車に乗ってフランス全土の海辺をまわり、海水浴に来た人々にアンブル ソレールのムースを試用してもらいました。こうしたプロモーション作戦は大成功を収めました。

「UVケアは当たり前」の時代に

70年代に入るとアンブル ソレールは処方が見直され、オイルの代わりにローションとクリームが採用されました。紫外線を防御する成分の改良が進むにつれ、日やけに対する人々の意識も大きな変化があらわれました。ただ単に小麦色の肌になればいいということではなく、太陽光線の攻撃から肌を守ってケアしたいという意識に変わっていったのです。
1988年、アンブル ソレールはロレアルグループのブランドのひとつ、ガルニエ(海外のみで展開)のラインに入り、メギゾリル® XLという画期的な紫外線防御剤を配合した製品に生まれ変わりました。そして21世紀に入った現在もなお、ロレアルグループでは、ランコム、ロレアル パリ、シュウ ウエムラ、ラ ロッシュ ポゼなど数多くのブランドの日やけ止めに、この画期的な紫外線防御剤メギゾリル® SXやメギゾリル® XLが配合され、世界中の人々から高い支持を得ているのです。